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アクシデント(忘れてはいけない記憶)

 

 
 

あ行

 
モータースポーツ関連用語
「ふ」
 

 
ファステスト・ラップ Fastest Lap
決勝レースにおいて記録された1周のラップタイムの内、もっとも速いタイムのこと。リザルトではFLと略記されることがある。
予選でのポール・ポジション同様、速いドライバーの証として尊重される。
F1では日本人ドライバーとして中嶋悟が、雨中に開催された1989年オーストラリアGPで唯一(2005年末現在)記録している。
風洞
モータースポーツの世界では、空力によりいかにドラッグを減らして、ダウンフォースを得るかが、マシンの清野に直結する重要な要素となっている。
風洞はマシンにが走行中にマシンにどれだけダウンフォースを得て、挙動に影響するかを模擬するため、停止しているマシンに対して人工的に空気の流れを作り、空気力や圧力分布などを調べるための設備。
かっては数分の一サイズのマシンで計測していたが、近年はより正確なデータを得るためにより大きな風洞が建設されるようになり、チームのマシン開発のもっとも重要な要素となっている。
エンツォ・フェラーリ Enzo Ferrari
モータースポーツの世界で格別の存在感を持つ、フェラーリ社の創業者。1898年イタリア出身。
独特の存在感を持つカリスマ的人物だった。1988年8月8日没
フェラーリ Ferrari
世界を代表するイタリアのスポーツカーメーカー。F1GPの最初から50年以上参戦し続ける唯一のメーカー。
そもそも創始者エンツォ・フェラーリはF1に参戦する資金を得るために、市販のマシンを販売していたともいわれ、その存在感はモータースポーツ全般において並ぶものはいないと考えられる。
ジル・ド・フェラン  Gil de Ferran
ブラジル出身のレーシングドライバー。1967年生まれ。
1995年よりアメリカのインディカーに参戦。2000〜2001年にペンスキーチームでCARTシリーズチャンピオンを獲得。03年にはインディ500を制覇し、ドライバーを引退した。
2005年に、F1、BAR・HONDAチームのスポーティング・ディレクターに就任した。
フォード Ford
アメリカに本社を置く世界有数の自動車メーカーで、T型フォードにより自動車を大衆化したことで有名。
モータースポーツに対しても古くから積極的に取り組み、F1のみならず、WRC、ルマン24時間などから底辺のレースまで幅広く参戦、サポートを行って来た。
F1でもエンジンチューンメーカーであるコスワースと組み、幅広くエンジンを供給し、一時はフェラーリ以外のチームはすべてがフォード・コスワース・エンジンの搭載車という時代もあった。2000年にスチュワートGPを買収し、参加のジャガーの名称でワークスチームを参戦させたが戦績は向上せず、2004年限りでF1を撤退した。
しかし、一方ではWRCでは2005年から5年間の継続参戦を発表するなど、モータースポーツ活動は継続している。
   
フォーミュラ・トヨタ (FT)

1990年からスタートした、F3とFJ1600の中間に位置するミドルフォーミュラレース。トヨタの4A-GEエンジンを使ったワンメイクレースで、成績優秀者には、全日本F3など上位カテゴリへのスカラシップが与えられる。FTと略される
関連ページ:日本のミドルフォーミュラ&ジュニア・フォーミュラ

フォーミュラ・ドリーム(FD)

鈴鹿サーキット・レーシング・スクールの一環で、SRS-Fの上位に位置する。
「F1および海外オーバーレース等、世界のトップレベルのレースで表彰台に立てる日本人ドライバーの育成」を最重要課題にし、童夢製マシンによるワンメイクレースで開催される。F1日本GPの前座でレースが組まれたり、またトップの成績者には、スカラシップにっより、ステップアップの機会が与えられる。現在IRLで活躍する松浦孝亮なども卒業生の一人で、多くのドライバーを輩出している。
公式サイト http://www.f-dream.gr.jp/
関連ページ:日本のミドルフォーミュラ&ジュニア・フォーミュラ
フォーミュラ・ニッポン Formula Nippon
フォーミュラ・ニッポン2005 総集編ニッポンのフォーミュラレースの最高峰。
1995年まではFIAの定めるF3000の規程に則り、全日本F3000選手権として開催されていたが、96年より国際F3000がワンメイクになったことを期に、独自のフォーミュラに移行した。世界的に見てもF1に次ぐレベルの高いレースではあるが、F1へのステップアップカテゴリーなのか、国内最高峰のレースなのかという位置づけが揺れ動き、観客動員の面でも減少している。
また、レース運営の面でもF1の模倣をし、不自然なタイヤ交換を規定してみたりという点が見受けられ、独自の魅力が少ないのが残念。レースのレベルは高く、是非観戦して欲しい。
2006年より、エンジンメーカーとしてトヨタ、ホンダが供給を開始し、さらなるスピードアップが見込まれている。
公式サイト http://www.f-nippon.co.jp/index.html
フォルツァ(FORZA)
イタリア語で「がんばれ」の意。
サーキットで「フォルツァ・フェラーリ(FORZA FERRALI)」と叫べば、あなたもティフォッシ。
冨士スピードウェイ

1966年1月にオープンした、鈴鹿サーキットと並び日本を代表するサーキット。
1kmに及ぶ長いストレートを持つことが特徴。また、過去にはオーバルコースのように30度バンクが有ったが、1983,1984年の相次いだ重大事故の発生により閉鎖されている。
F-NIPPON、F3、JGTCなど多くのレースが開催されてきた。また、過去には世界選手権F1日本グランプリレース、ル・マン富士1,000km、日本インディー、日本グランプリレース、日本カンナムあるいは、世界選手権オートバイレース等のビックイベントを開催されていた。
2003年にトヨタ自動車が買収しヘルマン・ティルケの設計の元に全面改修を受け、2005年4月にリニューアルオープンした。2007年からは鈴鹿サーキットにかわって、F1日本GPを開催する。
公式サイト : http://www.fsw.tv/

福沢 幸雄 (ふくざわ さちお)

1943年6月18日生 1969年2月12日没(享年25歳)
慶應義塾大学を創設した福沢諭吉の曾孫で、母はギリシア人ソプラノ歌手福沢アクリヴィ。レーサー兼ファッションモデルとして活躍した。
1966年からはトヨタワークスのドライバーとして数々のレースで活躍、特に1968年11月、日本CAN−AMでは3リッターのトヨタ7で総合4位、日本人選手の中では第1位という成績を残している。
これからの活躍が期待される中、1969年2月12日に静岡県袋井市のヤマハテストコースでトヨタ7のテスト中に事故により死亡した。この事故は、トヨタはドライバーの運転ミスを主張したが、企業機密の名目の元、事故現場の写真や事故車の資料もなく、トヨタが証拠隠蔽を図った疑いが強い。
父福沢進太郎氏は福沢幸雄の名誉回復を求めて、提訴。福沢裁判として審理が行われたが、トヨタの壁は厚く、真相は改名されないまま1981年に和解が成立している。
関連ページ:1969福沢幸雄

フライング・スコット
「天翔るスコットランド人」と、速さで秀でたスコットランド出身のドライバーを褒め称える言葉。
最初にこう呼ばれたのは、ロータスで活躍したジム・クラークで当時のF1最多勝記録をマークしている。2代目となるのが、そのクラークの記録を破ったジャッキー・スッチュワートとなる。
フライング・フィン
直訳すれば「空飛ぶフィンランド人」フィンランド出身の速いドライバーをこう呼ぶ。
WRCで4度のチャンピオンに輝いたユハ・カンクネン 、F1のチャンピオン、ケケ・ロズベルグやミカ・ハッキネンなどがこう呼ばれた。
また、モータースポーツ以外でも80年代のスキー・ジャンパーのニッカネンもこう呼ばれた。(本当に空飛んでましたよね)
フラッグ
レース中に出される旗のこと。
レース中マーシャルが掲示するフラッグはレースを安全に行うため重要な意味を持ち、ドライバーやチームははその指示に従うことが義務づけられている。

主なフラッグとしては以下のようなものがある。

  • 黄色(きばた・イエローフラッグ):追い越し禁止
    緑色(グリーン・フラッグ):イエローフラッグ(追い越し禁止)の終了
    赤色(あかはた):レース中断
    赤/黄色の格子模様(オイル旗):滑りやすい路面。コース上の部分的な雨などの時でも使われる)
    青色(あおはた・ブルーフラッグ):速いマシンに譲れ(周回遅れのマシンに対して掲示)
    黒色(ブラックフラッグ):レース失格(カーNo.とともに掲示)。
    黒地にオレンジ色の丸(オレンジボール):マシンにトラブルあり。ピットインせよ
    黒/白の格子模様(チェッカーフラッグ):レース/セッション終了


その他、レースや地域によって、旗の持つ意味が若干異なることもある
@niftyモータースポーツに画像付きで解説されています
http://motorsports.nifty.com/data/flag.htm

   
フラットスポット Flat Spot
激しいブレーキングでタイヤロックしてしまい、タイヤの一部が削れて平らになってしまった状態。タイヤがいびつになるため振動が発生するなどの障害が出てまともに走ることが出来なくなる。
近年のモータースポーツではABS(アンチロックブレーキ)が装備される事が多くなり、このような状態はあまり見かけなくなった。
ブラバム BRABHAM
F1ドライバー、故ジャック・ブラバムが自ら走るためのチームとして設立したF1コンストラクター。F1参戦は1962〜1987年・1989年〜1992年(88年は参戦せず)1966・1967年にはコンストラクターチャンピオンを獲得している。
現在F1界のTOPであるバーニー・エクレストンもオーナーをしていた。鬼才ゴードン・マレーにより数々の名車を発表したが成績は徐々に低迷。92年を最後に消滅した。
最後のドライバーは、後にウィリアムズでチャンピオンになったデイモン・ヒルだった。
ブリスター
タイヤに生じる気泡のこと。コンパウンドの加熱によって熱が上がりすぎるとタイヤの表面泡状のものが生じる。ブリスターが発生すると、タイヤのグリップ力は大きく低下してしまう。
ブリヂストン Bridgestone
日本のタイヤメーカーで、モータスポーツに幅広く参戦している。1997年からはF1に参戦を開始して、ヨーロッパでの知名度は飛躍的に向上したという。
2005年はフェラーリを筆頭にジョーダン、ミナルディの3チームに供給する。
また、「BS」と略記されることも多い。
ちなみに日本語での表記は「ブリヂストン」であり「ブリジストン」では無い。
ブリックヤード
インディ500が開催されるインディアナポリス・モーター・スピードウェイの通称。設立当初、コースにレンガが敷き詰められていたことからこう呼ばれていた。改修後もスタート・フィニッシュラインにこのレンガの一部が残されている。
プロドライブ
イギリスのモータースポーツ企業。代表はデビッド・リチャーズ。
1984年に創立されたが、BTCCではホンダ、WRCではスバルと組んで、それぞれのワークスチームとして活動をおこない、タイトルを獲得するなど技術力には定評がある。
F1では、代表デビッド・リチャーズがBAR・ホンダの代表に就任すると組織改革を行い、2004年にはランキング2位にチームを導いたが、ホンダのチームへの資本参加と同時に解任された。
プロダクションカー世界ラリー選手権 (PCWRC又はPWRC)
生産車に安全装置を施す程度の小改造車であるグループNカーによる世界ラリー選手権。市販車の性能が重要となるため、スバル・インプレッサと三菱・ランエボの2車が中心となっている。タイトルはドライバーにもかけられていて、全8戦のうち、6戦をチョイスして参戦しタイトルが決定する。
2005年には日本の新井敏弘が4勝を挙げ、日本人初のFIA公認世界チャンピオンに輝いた
   
 
 
 
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